田舎は脅威

それは何もインターネット社会に限らずに、日々生活していくだけでも様々だと思います。
思った切欠は、此処数年の間に、私が巡らせた木の根のようなネットワークが徐々に広がっていくのをまじまじと実感させられているからでした。

仕事柄、個人的な付き合いばかりで今を生きているのだけれど、例えばその人が誰かに私を紹介してくれることでまた私の木の根は伸びで行く。
その相手の木の根が凄く多ければ、その分私の根っこも広がっていくのです。

インターネットは、その根っこが広がるスピードが異様に早く、そしてそこから意図も簡単に養分を吸い取ることができますが、その分消化が早くてすぐに枯れてしまいます。
それが現実のネットワークに関しては、とても太い根っこがほぼ永遠に養分を吸っているのだから、それは心強くてタチが悪い。

特にこれが、田舎のネットワーク。
これが一番タチが悪い。

何を隠そう、私はドがつくほどの田舎育ちなのです。

田舎育ちの人なら絶対わかると思いますが、田舎という場所は番地というよりも部落で呼ばれ、オマケに「○○の××さん家」というだけで履歴書さながらの全ての個人情報がみんなの頭にピンと来てしまう。

更に、都会から来たお嫁さんや、都会から出戻ってきた若い人たちに関しては、あることないこと・・どちらかというと、あることを改変されることが多いんですけど、とにかく噂がすぐに広まる。

私は高校を出て都会の学校へ進学しました。
長期休みに帰ってきたとき、近所のおばさんたちから「あら帰ってきたの」と喜んでもらえたのはまだいいのですが、「獣医さんになるんだってね」と言われた時は変な声が出た。

「えっ、ちがいます」と返すと、「あら、そうだったの!」と驚かれた。
現実には、私は動物関連の専門学校へと行っていたのだけど、間違いなく獣医ではないわけで、寧ろ看護師でもない。
たぶん、田舎の人たちには《トリマー》といってもピンとこなくて、動物勉強しに都会へ→獣医になる、という聞きなれた言葉に書き換えられてしまったんだろう。

これが田舎特有の「事実の改変」なわけですが、それがおばちゃんの世間話というネットワークの木の根によって(もはや木の根じゃなくて蜘蛛の巣のようになってるけど)遠く私も名前の知らない人にまで知れ渡っているのだから、本当に驚かされる。

現在も都会の方に住んでいて、大分前から犬繋がりの知り合いの人とふとした切欠で自分の故郷の話になり、同じ市内(市といっても合併したので言うなれば隣町)だったことを知って、地元の話で盛り上がった。
ある日その人が地元へ戻った時、その人の親戚と私の話になったそうだ。

私の名字は、実はその地域では一件しかなくて、「○○さん」と言えば、「××さん(祖父)のお孫さんだね」と、ツーカーで通じてしまう。
でも、それはあくまで町内での出来事だと思っていたのだが、その人の親族も「ああ!××さん(祖父)とこの!動物の仕事してるっていってたもんな!」とツーカーしてしまった話を聞いて驚いた。

もう私の隠れる場所は無い、本当にそう感じた。

そんな話をドが付くほどの田舎育ちの人とすると滅茶苦茶盛り上がるんですが、友人が久し振りに地元へ戻って同級生に会ったとき、こう言われたそうです。

「えっ、生きてたの?」

って。
まさかの死亡説が流れていた話は、私の中の《田舎あるある》では今のところ最強のネタだと思っています。

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