いつ行くの駅前留学

ある切欠で、知人の店で働くことになった時期があったが、そこがスリランカ料理のレストランだった。
英語が喋れなくても大丈夫だからと言われて働いたものの、そんなわけにもいかずに、訪れるインドやスリランカやネパールやアメリカや…数多くの外国の方々には本当に苦しめられることとなる。

そんな店で働いている以上、ぶわーっと、さも当然のように英語で話しかけられるもんだから、いつだって私はにこにこ笑いながら首を傾げるしかなかったわけで。
向こうからしたら、「えっ!こんな店で働いてるのに英語喋れないの?」と思って当然なのだけど、そこは日本人で申し訳ない。

しかしそんな私も長く勤めることで、常連のインド人たちの個性がわかってきて、「オーケーオーケー」だけでも相手の希望を聞くことが出来るようになってきていた。
勤めていると、段々相手の言葉を理解できないことが申し訳なくなり、特にインドは土地柄なのか、ランチメニューの内容にまで「あれはいらないから、これにして」と細かく指示をくれるようになったのだが、十人居れば十人がメニューの改変を要求するので本当についていけないこともしばしば。
流石に私の研ぎ澄まされたボディランゲージも限界を迎え、調理場からシェフを読んで対応してもらうことも少なくなかった。

意思疏通が出来ているようでなかなか出来ない。
海外の人とのコミュニケーションはいつまで経っても難しい。

スリランカの店を辞めたらもうそんな苦労をせずに済んだけれど、それでも道を歩いていると肌の黒い外国人に話しかけられる回数は人よりも多い私なので、道の真ん中で研ぎ澄まされたボディランゲージを駆使して単語単語の道案内をせざることは今でもかなりあったりする。
いい加減覚えろと、何人もの外国人に思われているのだろう。

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