勉強が出来る事、仕事が出来る事

勉強ができるというのは、授業や教科書で得た知識や情報を正確に理解していることだと思う。
授業を一度聞いただけで全部理解できたらそんなにいいことはないかもしれない。
しかし、ある程度理解して、得た知識をしっかり記憶し、学校の定期試験などで好成績を収めることができれば、それは勉強ができると解釈されるのかもしれない。

仕事ができるとはなんだろうか。
今迄に身につけてきた知識を活用し、主体性やコミュニケーション能力などの内面的要素も高いことだと考える。
ここでの身につけた知識とは、学校や文献で得たもののみに限らず、仕事に関わる専門的な知識なども含まれており、私はどちらの知識も欠かせないと考える。
また、仕事とは一人の力で成し得るものではないと思う。
同僚、顧客、取引先など多様な人々と関わりながら、主体的に行動し、企業や社会の成長に貢献することで、仕事ができると評することが可能なのではないだろうか。

両者には、二つの大きな違いがあると私は考える。
一つは、その行為が誰のためのものかということである。
勉強ができれば、先述したように学校の試験などで良い成績を収めることができる。
そのことで家族や周囲から喜ばれるかもしれないが、畢竟するにそれは自分自身の益であり、自分自身の成長に繋がるのである。
しかし、仕事とは自分の利益や成長のためだけに成すことではない。
自分の所属する企業や社会のために持っている力を発揮し、よりよい成長に繋がるように尽力しなければならない。

就職活動の思い出

「自己PRしてください。」
就職活動するにあたって、何度も何度も考えさせられた。
自分を客観視することは得意なつもりなのに、PRとなるとどうして良いか分からない。
自己PRって何?
インターネットで調べてみた。

「自己PRとは、企業に対して自分の良いところをPRすること。
何を学び何を考えどのように成長したのか、それを仕事にどう活かしていけるのか説明できることが大切です。」と書いてあった。
さあ、大変!これまで自分のしてきた行動に意味をもたせなければ!
成功体験の多い人はいいけれど、失敗ばかりしてきたわたしは、果たして仕事に活かせるようなことを学んできたんだろうか。
圧倒的に不安になった。
そんなある日、親友と長電話をした。
「中高生の時によくテストあってたじゃん?
周りの友達なんかすっごいよくできたなんて言ってる時に、自分は出来が悪くて落ち込んでたりしたんだけど、ふたを開けてみると、わたしのほうがずっと点数が良いってことが結構あったんだ。
それってなんでかなぁって考えてるんだ。」彼女は言った。
なんだか、すごくわたしと似てる。
わたしもいつもテストが出来なかったって嘆いてて、そこそこ点数取れてるタイプだった。
きっと自分の中のハードルが高いんだ。
だから人と同じことをしても満足できない。
今回もそうなのかもしれない。
わたしにとって何でもなく思うことでも、もしかしたら他人にとってはすごい経験になり得るのかも。
ちょっとだけハードルを下げて、自分が頑張った経験を見つけよう!
そんなことを思ったのを、ふと思い出した。

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